小学校国語科物語文の基本的な指導の流れ—六段階の指導法とは

物語文の指導方法国語

物語文の基本的な指導の流れ

 

 

先生
先生

国語の物語文の指導の仕方がわかりません。物語を読んで、感想を書いて話し合うぐらいしか思いつきません。どのように指導したらよいのでしょうか。

 

なるほどですね。それも大事な読みの活動です。読んだ時の感想は学習する上でとても大切です。

 

先生
先生

そうなんです。でも何か足りません。そもそも、物語文を何度読んでも人生には買いません。それよりも算数の計算や、家庭科の調理をたくさんした方が幸せに生きていけると思います。だから、あまり時間もかけたくないのですが…。

 

そういう考え方も良い知れません。それでもなお、私は、物語文の教材は子供たちに必要だと考えます。その理由と、どう指導すれば良いのかを基本的な指導の流れを話しますね。

 

国語の授業の進め方がわからないという経験はないでしょうか。大学でしっかり学んできたものの、どうして文学的文章教材の指導をしなければならないのかどうやって指導すればよいのかわからなくなる時があると思います。特に小学校の先生になったばかりは、私もいい加減な指導ばかりしていたものです。

  

 

今回の記事は、

「小学校の先生になったけれど、国語の物語文(文学的文章)の指導がわからない。」

「他教科の単元学習の流れはわかるけれど、国語だけよくわからない。」

「国語の進め方はなんとなくわかるけれど、我流が強くなっている。」

といった方におすすめです。

 

「だれでもできる文学的文章教材の指導方法」とは、どのようなものなのか、解説しました。

 

国語科学習の「物語文の教材」の良さ

 

 そもそも、なぜ、文学的文章の教材があるのでしょうか。元早稲田大学教授・神戸大学名誉教授の浜本純逸先生は書籍で次のように述べています。

 

文學を読む楽しさは、言葉によって紡ぎ出す虚構の世界を生きる楽しさである。

虚構の世界では、夢の国に行くことができ、遠い異国を旅することもできる

登場人物とともに生きて、他者の人生を生きることもできる。

新しい世界やものの見方を切りひらく言葉の力に気づき、自分の感性を磨き、人間としての生き方を豊かにすることができる。

『文学の授業づくりハンドブック』授業実践史をふまえて 第三巻 浜本純逸 監修 監修者緒言 より

 

 文学的文章の楽しさは、「虚構の世界を生きる楽しさを感じる」「新しい世界やものの見方を切り開く言葉の力に気づく」「自分の感性を磨く」「人間としての生き方を豊かにする」ということと述べられています。

もう少し平易な言葉でまとめます。

 

文学的教材の良さ

 ・様々な世界感にふれる喜びや楽しさを感じられる

 ・様々な視点で物事を考えることができるようになる

 ・言葉や文章から様々な表現を感じたり、表したりすることができる

    ↓

  読者が「豊かな人生」を送る。

 

最終的に人生を豊かにするために読んでいるんですね。学力や能力だけを重視していないことが言えます。

 

 

 様々な世界観に触れる喜びというのは、子どもがわかる言葉で言うと、物語文は面白いということです。

 

教え子たちに聞いても、物語文の良さというのは「面白いから」という理由が圧倒的に多かったです。

 

低学年は、動作化や劇化する中で内容がさらにわかっていく喜びがあり、高学年はより内容が深まっていく面白みがあります。

 

登場人物の視点に入って物語を読むことで、読者である自分の視野が広がります。

 

低学年ならその登場人物になりきって、高学年になるにつれて客観的に物事を考えられるようになります。

 

登場人物の体験していることを自身でも体験することで、自身の考えを広げられるということが言えます

 

人物を理解する力が育つのは、中心人物とそれに相対する人物についてもです。

 

「大造じいさんとガン」で、じいさんが、残雪の見方が変わっていくように、「たかが鳥」といったものが、とあるきっかけで「ガンの英雄」となります。その見方が変わる過程を読みとらせることで、実生活の人を見る見方が育ちます。

 

「ごんぎつねを読んで、ちょっかいを出す友達の見方が変わった。」という子は結構いました。

 

 また、説明文や他のでは学ぶことができない、日本語の語彙をたくさん手にいれることができます。

 

「うれしい」「悲しい」などの感情を表す言葉や、比喩や倒置表現、情景描写から人物の心情なども現れます。これらを学ぶことで、様々な表現をする力を学ぶことができます。

 

これらのことが、最終的に、読者の人生を豊かにすると言えます。

 

 このように、物語文を学ぶ意味は大いにあります。生きていく上で、重要なスキルも含まれていますので、教科学習ではなくてもいれていかなければならないと感じています。

 

 それに関連して、広島大学の難波教授は次のようにも述べています。 

 

文学的文章教材は、国語科ではなく、総合学習として学ばせたらどうか。低学年だったら、劇に向かって練習し、高学年だったら、人物の心情をどんどん想像して語り合うといい。しかし、それは国語科では教えにくい。

学会の一説

 

 私も、ほとんど同じ感覚で、国語科の文学的教材の評価はなかなかに難しいものであり、授業内容と学んだものと評価が一致しないことがあると感じます。道徳科と同じように数値による評価が難しい項目です。

 

 意図して私は、文学的教材で学んだものは、通知表所見欄に記すか、学習後の成果物を親に見てもらううというスタイルに行きつきました。

 

具体的実践は、別の記事で載せていますのでそちらをご覧ください。

 

小学校国語科における基本的な指導の流れ

 

国語科の基本指導課程というのは、昭和38年に輿水実によって、提唱された学習指導課程(学習の流れ)のことです。

 

目的として、「だれでもできる」「だれがやってもある程度効果が得られる」「だれもがやらなければならない」という3原則の下、指導するのが複雑な国語科を全員が実践できるようにしました。

 

この3つを、「国語教育の科学化の三原則」とも呼んでいます。

 

「国語教育の科学化の三原則」

・だれでもできる

・だれがやっても効果が得られる

・だれもがやらなければならない。

 

この指導方法は、「単元学習」に代表される戦後新教育から、教科を中心とした「系統学習」への移行の時期にあって、「それぞれに異なる個々の指導過程の根底に共通する指導過程がある」という考えからきました。

 

戦前からの積み上げや、戦後の教育理念を取り入れ、さらに外国の指導過程研究や全国の学校での実態調査を通して作られました。

 

読解については、次のような六段階の指導過程が示されています。

六段階の指導の流れ

教材を調べる

教材文を読み通し、わからない言葉を調べる。

 

本来は、わからない文字・語句を辞書で引き、文脈の中で考えて、全文を読み通すと記しています。

 

しかし、実際にそれを行おうとすると子ども達は、わからない言葉がわからないものです。読ませるとわかるのですが、「わからない単語を見つけて辞書で調べてみましょう」といっても、問われないとわからない単語が見つけられないものです。

 

 そこで、よくわからないであろう単語は、あらかじめピックアップしておき、初めて読んだ後に調べる時間をとってみてください。慣れてきたら、教科書や全文紙に書き込んでいくと良いです。

 

ポイント

通し読みをするのと、意味調べは別にする

 

文意を想定する

簡単に言うと、読む目標を設定することです。読みのめあてとも言ってもよいです。

本文を読んだ感想を交流し、場面ごとのあらすじをまとめる。

読みのめあて(目標)や学ぶことを設定・計画する

 

読みの目標や学習事項を決め、読み方の性格を決定していきます。一度本文を読んでみると、必ず「どうしてだろう?」というひっかかるところがあります。

 

そこで、「どうして○○は、△△したんだろう。」「ここでは何が起こったんだろう。」などと追及したくなるような内容が出てきます。そこを説明できるようになることを読みの目標として、設定できます。

 

読んでいく方法は様々あって、場面ごとによって読むときもあれば、特定の人物だけを追っていくときもありますし、場合によっては色だけを追っていくときもあります。

 

 学習指導要領の目標や内容、子どもや先生の実力に応じて読む目標や方法を変えていくとよいでしょう。

 

新しい学習指導要領では、「構造と内容の把握」という言葉が入っていることだと思います。

 

 

内容の把握をするには、場面ごとのあらすじをまとめるのがよいです。場面ごとにだれが何をしたかをまとめることで、内容が子どもたちの頭の中に入ってくるでしょう。

 

 

「初発の感想を交流して、読みのめあてをたてる」か、「あらすじをまとめた後に、初発の感想を交流して読みのめあてを立てる」かは、子どもの実態によります。

  

 

各段落、各部分を精読する

 

読みの目標に向かって、各段落、各部分を詳しく読んでいく。

 

読みの目標に向かって、本文を追いながら読んでいきます。低学年なら役割演技をしながら。中学年なら場面ごとに先生が導いていかないといけません。

 

高学年は、大きく実態が異なるので一概には言えません。読む力が乏しい子ども達には、丁寧に分解して教えてあげなければならないですし、読む力が高い子ども達には、丁寧にするのは、読むことを嫌にさせ てしまいます。

 

できるだけ本人たちの課題意識を本人たちの考えで解決していくことが理想的です。

 

このとき必要なことは、本文から読み取れることと、推論だけで話しているところを混同しないことです。子どもたちは話している中で、本文から読み取れるところと自分で想像したことをごちゃごちゃにしていることがあります。

 

その単元のねらいにもよるのですが、子どもを意欲的に話し合わせることと、本文の意味をしっかりにぎっていることを教師は何となくしてはいけません。

 

この段階が一番大事です。この段階を飛ばしてしまったら、国語の意味はないと思ってください。

 

文章を確認する

読み深めたものを実感する

 

 最後に、読み深めたものを確認します。

 

 これは、もう一度通読をすると、口説くなりがちですのでお勧めはできないのですが、学んだことを確認する上では効果的です。初めに読んだ時には実感できなかったことも、単元の後半で理解を実感できることがあります。

 

「結局これは、どういうこと?」

 

「作者は何が言いたかったのだろう。」

 

など、子供たちの思考をゆさぶる発問をし、これまで読み取ったことを振り返らせるのが良いでしょう。

 

単元の後半で、時間が空いた時に聞かせるのがよいと思われます。 

 

これは、音読単元や朗読単元では、評価がしやすいですが、読み取りの単元では、評価がしにくいですね。

 

文法表現・文型・語句・文字を学ぶ

 

文章表現の仕方や、文の型・言葉や漢字の学習をする

 

 今でいうところの言語事項です。

 

 倒置表現や比喩表現。文章の額縁構造。情景描写などの文章表現。様々な表現を教材を使って学ばせる必要があります。

 

 また、言葉の意味や進出漢字など授業時間もしくは、スキルの時間等を活用して身に着けていくと良いでしょう。

 

 実は、学力テストにおいても、国語の学力の積み上げにおいてもこの言語事項は重要視されていますので、読み取り読解だけにならないようい気をつけたいですね。

 

国語科の研究発表会などを見に行くと、単元の指導計画にこれが載っていないことが多いです。最近は言語事項が失われ、語感が育っていないと言われるのも無理はないかもしれません。

 

学習のまとめ 目標に対する評価

 

学習の振り返りをする。教師は、振り返りを読み、子どもにつけたい力がついているか評価する。

 

 学習の振り返りをします。低学年でしたら、音読劇の発表。中学年や高学年でしたら、意見分や感想文。または、リーフレットや紹介文などにまとめるとよいですね。

 

 あらかじめ、単元の導入のときに「だれに」「どんな目的で」「どのように」「何をするか、何を書くか」を伝えておきます。

 

 私は、単純に「この○○(単元)で学んだこと」を書かせることが多かったです。親に向けて書かせることで、子ども達もやる気になりますし、他の子と比べる必要が無いので自由に述べることができます。

 

何もなしにただ学んだことを書きましょうでは効果が薄いです。投げやりな文章を書いてきても、それは子どもだけの責任ではありません。

 

基になっているのは、石山脩平の「三層読」

 

 これらは、戦前の代表的な指導過程である「三層読」の考え方を基礎にしています。

 

 前述の「基本的指導過程」は、その「三層読」を、学習者重視の戦後新教育における「導入、動機付けあるいは目標設定、計画」「評価処理、発展」ではさんだものです。

 

 さらに、同時期に輿水実が重視していた読解スキルに関わる「学習指導事項の確認、読むスキルの確認」の段階を加え、六段階としています。

 

基本的指導過程のイメージ

「導入・動機付け

「通読」

「目標設定・計画」

「精読」

「学習指導事項の確認・読むスキルの確認」

「味読」

「評価処理・発展」

 

 実際の授業への適用にあたっては、ある段階を入れない、あるいは、ある段階をふくらませるなどの工夫をすることも求められました。

 

 また、読解スキルは、スキルブックを用いた練習を別に行うなどとしました。

 

 

 戦後提唱されたいくつかの指導過程は、特に文学作品の内容の構造等に関する理論から導かれました。

 

 これに対し、輿水実が提唱した基本的指導過程は、教材の構造に関する強力な理論の構築を目指してはいませんでした。

 

 つまり、「基本がある程度身に付いたら、後は自分たちでアレンジしてください」というのが、基本的指導過程のスタンスです。

数年はやった単元を貫く言語活動というのもこの流れです。名前が駄目だということで国が名前の修正を求めたのですが、なぜか全ての取り組みが消えていきました。

 

それでは、「三層読」とはどのようなものなのでしょうか。

 

文章の読みを基本的に、「総合」・「分析」・「総合」の三段階に分けてする指導の流れです。次の3うの理論が提唱されます。

 

「三層読」
  • 形象理論に立つ垣内松三の「直観一自証一証自証」
  • 文学作品研究を基盤とする西尾実の「素読一解釈一批課」
  • 解釈学に基づく石山脩平の「通読―精読一味読(一批評)」

 

その中でも、特に石山脩平のものは、理解しやすいことから、多くの現場の実践に広がりました。石山の三層読は次のような段階があります。

 

1  通読段階

   ① 素読 

   ② 注解

   ③ 文意の概観

2  精読段階

   ① 主題の探究・決定 

   ② 事象の精査 及び 統一 

   ③ 情調の味得  又は  基礎づけ

   ④ 解釈的構想作用

   ⑤ 形式による自証

3  味読段階

   ① 朗読   

② 暗踊  

③ 感想発表

本来、4段階目に「批評段階」がありますが、後に「本来の解釈ではない」として削除され、石山の「三層読」というものが成立しました。

 

しかし、これらの「三層読」は、読みの基盤である未知なものへの知的興味を減退させるものと戦後批判されます。

 

細かいところは、今回は省略します。一度読んで、読み深めて、最後に確認読みをするというところぐらいのイメージにしておいてください。

 

将来的に文学的文章は無くなる

文学的文章の指導は、このままでは将来的に無くなる可能性があると感じています。

 

理由としては、学校教育における授業時数の再編により、文学的文章教材の価値は相対的に低くなっているからです。

 

残念なことに「人」を育てる教育ではなく、「人材」を育てる教育に変革しています

 

「文系出身の社会人に未来はない。」

 

と言われて久しいです。世の中がグローバル化していく中で、文学的文章の価値の期待度は比較的低くなっていると感じます。

 

どちらかと言えば、文学的文章教材は趣味や道徳の領域に入ってくるかも知れません。幼稚園や低学年で文字を知るための教材として使用し、高学年では説明文だけになるという流れになっても不自然ではありません。

 

だからこそ、現代の文学的文章の価値を主題・構成・叙述をもとに再検討して、子ども達に価値のある文学的文章の指導をしなければなりませんね

 

文学的文章教材がすたれていく流れだけは食い止めたいですね。日本の文化を守るために。日本の教育の魅力を保つために。

そこで、この基本指導過程は大事になってきます。実践し学びながら、良い授業にしていってほしいと願っています。

 

 まとめます。

まとめ

今回は、国語科の読むことに対する基本的な指導の流れについて解説しました。基本的な指導の流れとは、

「国語科の指導の流れ」
  1. 教材を調べる
  2. 読みのめあて・目標を立てる 
  3. 文意にしたがって各段落・各部分を精読
  4. 文章を確認
  5. 技能・文系・語句・文字の練習をする
  6. 学習のまとめ 目標に対する評価

 

番号は、順番どおりではなく、項目立てをするものです。また、角段階全てをする必要はありません。実態や状況に応じて変えていきましょう。

 

上の6段階をいっぺんにするのはよくわからないという方は、「三層読」を意識すると、スッキリするかもしれません。

 

基になる「三層読」
  • 通読・・・意味を理解しながら読み通す
  • 精読・・・詳しく読み深める
  • 味読・・・読み深めたものを味わいながら読む

単元の中で、おおまかにこの三層を意識して単元づくりをしていくと、先生も子ども達も見通しがつくかもしれませんね。

 

教科書を見ても、指導案を読んでもよくわからないという方はこの記事を何度か読み返して、普段の授業づくりに生かしてください。

 

 

あくまでも基本的な例なので、子どもの実態と先生方の力量に応じて参考にされてください。それでは。

 

参考文献

大槻和夫編集『国語科重要用語300の基礎知識』間瀬茂夫・加藤宏文 2001

輿水実『講座国語科の基本的指導過程入門』明治図書 1965

浜本純逸 監修『文学の授業づくりハンドブック』授業実践史をふまえて 第三巻 

石山脩平『教育的解釈学』1935

垣内松三『国語の力』1922

宮崎典男『文学作品の読み方指導』むぎ書房 1980

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