「ごんぎつね」の指導方法

ごんぎつね学校教育

 

親
先生

こんにちは。今日は「ごんぎつね」の指導方法を知りたくて質問しています。この物語は最終的にごんは兵十に気づかれずに撃たれてかわいそうだったと子どもからひきだせたらよいのでしょうか。初発の感想からそれが出そうで、心配です。

小松
小松

こんにちは。なるほどですね。物語文なので、最終的には答えというものはあるようでないですよね。でも、教材分析をしっかりしていくことで、方向性が定まり、さらに意識していなかったことが読めることができるかも知れません。一緒に教材を研究しながら、授業の進め方を確認していきましょう。

親
先生

お願いします。

今回は、多くの教科書に採用されている新美南吉の「ごんぎつね」の指導法。6の場面後半に高まった子どもの姿を学校で研究しなけらばならず、ご苦労をされている方も多いことでしょう。

 

この記事では、より広く教材分析をし、授業形成に役立てるようにしています。

 

子どもの実態や、先生方の力量や個性で使えるところは、使ってください。

 

無限にある授業の進め方のひとつだと思っていただけると幸いです。

  

新美南吉作「ごんぎつね」教材研究編

作者 新美南吉とは

18歳の時の新美南吉 Under Zero

 

略歴

新美南吉(本名:新美正八)は、愛知県半田市生まれ。畳屋の渡部多蔵とりゑの間で生まれた。

4歳の時、母「渡部りゑ」を亡くした。

7歳の頃、父親が再婚。新しい母「志ん」との間に、異母兄弟の益吉が生まれる。

8歳の頃、りゑの実家に養子入り。しかし、年内に渡辺家に戻る。

14歳の頃、童謡や童話を盛んにつくる。

17.18歳の頃「ごんぎつね」の原作「権狐」発表。1932年(昭和7年1月の「赤い鳥」3巻1号)

「てぶくろを買いに」は、1943年に発表。

29歳。結核により亡くなる。

 

新美南吉の人生を見てみると、幼少期に特徴があります。

 

幼くして、母親を失った南吉は、実母がいる異母兄弟と過ごし、養子に出されました。

 

しかし、寂しさのあまりに、その異母兄弟がいる家に戻るのです。

 

これは、母親を失った気持ちに大いに共感する「ごん」と重なって見えます。

 

さらに重ねてみると、新美南吉の子供時代である正八はいたずら好きで、寂しがり屋だった姿がぼんやり浮かんでくるのではないでしょうか。

 

第0次でどれだけ語れるかで子ども達が変わります。新美南吉の幼少期や「赤い鳥」について調べてみましょう。

 

文学的文章「ごんぎつね」で身に付けたい力

 

小松

ごんぎつねで付けたい力はこちらです。

 

・場面ごとの登場人物(ごん)の心情の移り変わりを読みとる力。

・場面・全体をとらえる力

・情景描写に人物の気持ちが現れるという知識

 

 

上記のことを意識して授業をしていきます。方法はいろいろありますが、場面ごとにごんの気持ちを追っていくと良いでしょう。

 

この教材は、場面でのごんの心情の変化が分かりやすく、場面が変わることで心情が変わることへの理解が明確で子どもも教師も場面ごとの方が進めやすいです。

 

初めは、誰かから注目を受けたいごんでしたが、うなぎのトラブルをきっかけに兵十に償いを始めます。

 

ごんの心情の変化や最後の描写をつかませると深い学びのある学習になります。授業の大まかな流れは次のようにしています。

 

 

・初発の感想を交流する。

・設定の確認をする。

・難解語句の意味を調べる。

・読みのめあてを立て、学習計画を確認する。

・物語の設定を確認する。

・ごんの心情の変化を追っていく。

6の場面の情景描写について考える。

・リーフレット作成。(振り返り)

 

だれにでも指導しやすいような単元構成にしています。あくまでも、子どもの読みを中心に授業を作っていく授業をおすすめしています。

 

「ごんぎつね」のあらすじ

 

ごんぎつねの話のあらすじは、簡潔にまとめるとこうなります。

 

あらすじ

ひとりぼっちのいたずら好きのきつねが、自分のしたいたずらのために、兵十が母と辛い別れをさせたと勝手に思い込みます。そこで償いをし、許してもらおうとしますが、神様の仕業と勘違いされます。それでも、償いを続けるのですが、火縄銃で撃たれてしまう

 

小松
小松

粗筋を簡潔にまとめると四重苦(孤独・兵十の力になれなkい・神様と勘違い・自己の死)です。いわゆる悲劇物の作品です。日本は勧善懲悪(正義は勝つ)と輪廻転生(死んでも生まれ変わる)の文化が強いので、ハッピーエンドではない作品は国語でしか味わえないかもしれません。

初発の感想を交流

 

文章を読むと、次のような初発の感想が出ます。

 

・ごんがくりや松たけを渡していたのに、最後にうたれてしまってかわいそうでした。

・良いきつねになっていったのに、最後にうたれて死んでしまったのがかわいそうでした

・神様の仕業だと思われたのにくりをもっていって優しいと思いました。

・わけも聞かずに、ごんをうつなんて兵十は最低と思いました。

 

子ども達の感想は、「ごんがかわいそう。」というものに集中していきます。また、最後にごんが気づかれて良かったという子もいます。

 

ここでは、中心人物がごんなので、ごん以外の感想は、後ほど整理するとして、ごんの気持ちだけで整理してみましょう。慣れてきたら、子ども達も中心人物のことを読みのめあての前に出せばいいんだなとわかってきます。

 

読みのめあてを立てる

 

 交流の結果から、みんなで読み深めたいものを整理します。その中で、わからない言葉は、辞書やインターネットで調べて、何度読んでもわからないものは想像して考えるようにします。

 

交流の後、一緒に整理することが大切。

交流例

 

 下のやりとりが初発の感想を交流した後の展開です。一例として参考にされてください。

 

最後に、ごんは気づいてもらえたからハッピーエンド、幸せな終わり方なんですね?

いや、ごんは死んだからハッピーエンドではありません。

なるほど。ごんは最後に死んでしまったんですね

うたれてしまったとは書いてありましたが、死んでしまったとは書かれていません。

いやでも、ぐったりしたままと書いてあるから、結構傷口は深いと思うよ。しかも、銃でうたれたし…。

そのあと、治療して助かったかも知れないよ。

読みの力がすごいね。その後どうなるかは置いておくね。撃たれたときのごんの心の中は、100%悲しい気持ちかな?

100%ではないと思います。気づいてもらえたし…。

うなぎのつぐないにくりをあげていたところまで気づいてもらえたから、50%くらいはよかった気持ちだと思います。

それでは、気づいてもらえたし、銃で撃たれたし、そのほかにも何かごんの想いがあるかも知れないですね。このときにごんが何を思ったのか話し合えるようになりましょうね。

 

悲しい気持ちも、良い気持ちもいずれも100%には満たない。さらに、兵十に対する他の感情があるかも知れない。

 

そういった揺さぶりをかけてから読みのめあてを立てるとよいでしょう。あくまでも、下のめあては一例です。

 

最後の場面で、ごんはどう思っていたのか話し合えるようになろう。

 

ごんの心の中を図で表すと〇

ごんの気持ちを100としたときに、良い気持ちと良くない気持ちを図で表してみてくださいと問います。

 

読みの深い子は、悲しい気持ちと嬉しい気持ちの100%に寄ることはありません。

 

どうして、そのくらいの割合になったのか交流させると面白いです。このように心情図で始まる導入も良いです。

 

読後感からいくのも◎

 

初発の感想でなんか悲しい感じがした。」というような読後感を出す子がいます。

 

その流れになったら、「どうしてそんな感じになったんだろうね。」と発問すると、ごんの気持ちや最後の描写に目がいきます。出ないときは出してあげてください。

 

すると、読みのめあてが「どうして最後悲しい感じになったのか読みとろう」というのが自然になります。

 

このように、子どもが読後感から来た場合は、一と度立ち止まらせて考えると読みのめあてを立てられます。

 

「ごんぎつね」の設定の読みとり

 

前書き

 

ごんは、ひとりぼっち、いたずら好きです。次にこの発問をしてみてください。

 

発問

どうして山奥からわざわざ人間の村に来て、いたずらしてるのでしょうか?

 

子どもたちは、一人ぼっちでいたずら好きというのを友達が欲しいんじゃないかと読みます。ただ単にいたずらがしたいのではなく、目立ちたい、かまってほしい、友達がほしいという思いがあったと読み取ります。

 

いたずらし過ぎ

いたずらの中に菜種がらに火をつけるというものがあります。菜種がらは、種子が熟したアブラナから種子をはたき落としたあとの茎の部分で、燃えやすいので、かまどに火をおこすときのたきつけに使っていまました。

 

菜種は町に売られ、菜種から絞った油は行灯のあかりにされました。彼岸花が咲くころは、気温も下がりかけている秋で、電球が無い時代の行灯は大切なものでした。そこで、

 

菜種がらに火をつけるのはやりすぎでは?

 

子ども達は、「人と友達になりたいけれど、どんな風に接していいかわからないから。」と応えます。

  

小松
小松

子ども達が想像してわからないものは、説話として入れていくと良いですね。

物語の世界観が広がりますから。

 

場面ごとの粗筋をとらえさせる

 

「時・場・人・行動・結果」で場面をとらえます。子ども達には、「いつ・どこで・だれが・どうして・どうなった」と尋ねると良いです。これは、一緒にすることで内容の区切りがわかりますので、2時間くらいで一緒に進めていけばよいでしょう。

 

基本的な場面ごとのとらえは、「だれが・どうした」

 

場面によっては、時の記述が無かったり、場所の記述が無かったりするということは予め伝えておきましょう。

 

場面ごとの粗筋
前書き
ごんが兵十のびくからうなぎを逃がしてしまい、それを後悔する場面。
んが、兵十に対していわしやくりやまつたけを置き、つぐないを始める場面。
夜、加助と兵十の話しているのをごんが追いかける場面。
法事の後、ごんがしているつぐないが神様の仕業として話されている場面。
兵十の家で、兵十がごんを打ち、くりやまつたけを持ってきているのに気付いた場面。

 

なお、この指導は、実態によってしてもしなくても良いです。

  

 

多々単元の時間が長くなるので、読みとれる実態の場合でしたら、その時間を読書などの時間に置き換えたいです。

  

ごんの心情の変化の読みとり

 

うなぎをとる場面

 

ごんはいつものようにいたずらでうなぎ漁のびくを外します。しかし、ここからが後悔の始まりです。うなぎを流してしまい、そのタイミングで兵十のお母さんが亡くなります。

 

うなぎをとる場面は、ごんの心情の変化につながる重要な場面

 

兵十のおっかあの葬儀の場面

 

なぜつぐないを始めた?

 

ごんがつぐないをする重要な場面です。

 

つぐないを始めたのは、ごんの行動が変わるくらい激しい後悔をしたからです。その理由が複雑で小学生には解釈が難しいものです。

 

ここは、解釈がわかれるのですが、気を悪くせず聞いていただけると助かります。よく多い誤読が、「うなぎを食べられずにうえ死にした。」と考えられるものです。

 

実はそれは考えにくいです。兵十は農家ですし、いわしの卸売り業者が来るくらい若干栄えた町に住んでいます。

 

また、加助という友人もおり、葬儀も葬列を作ったり、お歯黒を付けられるくらい経済的に余裕があります。つまり、少なくとも食には困らない環境にあると言えます。それを、高級食材であるうなぎを食べられずに死ぬといのは、考えにくいです。

 

兵十は中流階級にあった。けれども、ごんはうなぎをとって食べられなかったことを後悔しています。

 

とはいえ、それでも中流階級の家の中でも、貧しい家だと言えます。

 

自給自足の家である上に、赤い井戸です。普通井戸はパイプを釉薬で塗ったものが使われます。

 

しかし、赤い井戸ということは、その釉薬を節約して、そのままの土を固めた姿でできた井戸だとわかります。

 

そういうところから見ても、貧しい家だと判断できます。

 

それでは、なぜごんは後悔した?

 

それでは、なぜうなぎをとったことをごんは後悔したのか。それは、兵十とおっかあの死に際の別れを邪魔したからだと考えられます。

 

ごんは、おっかあが死に際に、「うなぎが食べたい。」と言って、兵十がとって最後に食べさせてあげようとしたところをごんが邪魔をしてしまったと勝手に思っているのです。

 

確かに、増水した川でうなぎをとる兵十は何かに急いでいたのかも知れません。

 

そこは、文章に書かれていないので、わからないところではあります。

 

いたずら好きなごんがなぜそのことだけ兵十に共感したかというと、自身にも同じ経験があったと考えられます。

 

つまり、ごん自身もおっかあに満足できる死別ができずに、ひとりぼっちになってしまった。だからこそ、「ひとりぼっちの兵十か。」という共感の表れです。

 

ここまで解釈ができたら、償いを始めた理由を考えるのは容易です。

 

小松
小松

ここまで教材解釈してなんですが、これは子どもたちに伝えない方が良いです。なぜなら、これを子どもたちに伝えます。しかし、一切伝わりません。深く触れないでいいでしょう。

つぐないの始まりの場面

 

ごんの償いは、盗んだいわしを兵十の家に投げ込みます。きっかけは、いわしを盗むチャンスがあったことと、その前から後悔の念があったことで、衝動的に始まりました。これは、兵十が盗人になったことで、償いは失敗に終わります。

 

この償いが失敗した時も大事です。通常の思考でいくと、等価交換ですから、うなぎの分返したから償いはおわりです。しかし、なぜかごんは償いを続けます。

 

なぜ償いを続けた?

 

なぜ続けたかと子どもたちに尋ねると、「殴られてしまったから。」「つぐないは兵十が喜ばないといけない。」と兵十を喜ばせたいという言葉が聞こえてきます。ここで、償いの結果が兵十を喜ばせたいという気持ちに整理されます。

 

兵十と加助と話す場面

 

兵十と加助が話す場面では、ごんは、二人の話を聞きます。これは、兵十がつぐないのことをどう言っているのか、おっかあが亡くなってその後どうなったのかごんは知りたかったのでしょう。

 

ごんが兵十の発言を気になっていることはわかります。それは、葬儀が終わるまで、ごんが待ち加助と兵十についていくことからわかります。

 

なぜ念仏が終わるまで待った?

 

こう発問すると、「兵十が不思議な話の続きをなんと言うか気になったから。」などと答えます。なぜ兵十に気になっているかと言うと、同じ境遇の兵十がどうなったのか、つぐないはどう感じているのかを知りたかったのだと考えられます。

 

神さまのせいにされた場面

 

念仏がおわるまでごんは待った後、帰り道に、加助から「それは神様の仕業だよ。」と言われます。ごんは、「ちょっ。ひきあわないな。」と言います。

 

大変苦労して償いをしているのに、成果が無いので報われないのです。そこで、次の発問です。

 

このときの、ごんの気持ちは?

  • せっかく苦労して持ってきているのに、なんで神様って言われないといけないの。もういやになった。つぐないはやめた。
  • せっかく運んできたのに、なんで気づいてくれないのと思った。
  • 神様と言われらのはなんでと思ったけれど、まだ続けようと思った。

 

これらの3つの考えから言えるのは、子ども達はせっかくがんばっているのことなのに気づいてもらえないことが悲しいと考えを出します。これは、逆に言うと「自分だと気づいてほしい」ということに気づかされます。

 

ごんは、次の場面でもつぐないを続ける。そのぐらい意思が強い。

 

ごんは、兵十からなんといってもらいたかった?

 

ごんは兵十からなんと言われたかったのでしょうか。子ども達に尋ねると、

 

  • 「いつもだれかがくりをもってきて助かっているよ。」
  • 「いい人がくりを持ってきてくれるんだ。その人と友達になりたいな。」
  • 「おっかあがいなくなったけれど、だれかが助けてくれている。助かるなあ。」
  •  

などが出てきます。答えはないのですが、償いによって兵十が喜んでくれていいることとを言ってほしかったということを話し合うことで想像を膨らますことができます。

 

うたれた場面

 

6の場面は、最後の描写をもとに考えさせましょう。

 

火縄銃の筒口から、青い煙が細くでている。

 

普通火縄銃からは、白い煙がもくもくでるものです。

 

しかし、兵十の火縄銃の筒口から出ているのは、青く細い煙。この描写から寂しい感じを受けます。

 

ここからごんの無念さが表れているというのは、読者にも届くでしょう。それでは、ごんの想いの何が届いて何が届かなかったのでしょうか。

 

ごんの伝わった想い

・神様ではなく、栗や松茸を運んでいるのは自分だよという気づいてほしい気持ち。

 

ごんの伝えられなかった想い

・うなぎをとってしまって母親との別れを邪魔したことを謝りたい気持ち。

 (うなぎをとったことへのつぐない)

・魚を盗んで殴られてしまったことのおわび。

・独りぼっちになったけれど、自分もいるから元気を出してほしいという気持ち。

・友達になってほしいという気持ち。

ここがこの単元のメインになります。全て読まれた方はわかると思いますが、ここの本時にいくまでにいくら仕込めるかがカギになってきます。この場面で、これまでのごんの想いと読者の体験が入り混じり、本当の意味での深い読みになります。

【重要な補足】6の場面のなぞ ―主体が兵十?

 

 なぜか6の場面では、主語が兵十になっています。これが多くの授業者を困らせるのですが、あくまでも、中心人物はごんです。ごんの想いを考えさせることを念頭におきつつ、ごんの行動を追いましょう。

 

 また、兵十の気持ちも考えさせることを忘れてはいけません。ごんの想いが通じていたか、通じてい鳴ったのかを整理することで、伝わっていない想いが悲しい情景描写につながることはとらえさせたいですね。

 

【補足】続き話を考えさせるとどうなるか

 

学習後、この物語の続き話を考えさせたことがあります。はっきり言って成果は微妙です、この話の続き話を考えさせると、私の経験上子どもたちはほとんど100%ごんをよみがえらせて、仲良く暮らしましたというようなものにしようとします

 

しかし、これは明らかに子どもの都合です。子ども達は、「死んでほしくない」「ハッピーエンドがいい」「ごんを死なせたくない」という思いをもっています。

 

その思考に沿ってよく考えてみると、その場で死んでおらず、仲良く暮らしたならば、人々に語り継がれることなくこの物語の続きはあります。

 

しかし、続きはありません。この場面でごんが死んだからこそ、様々な憶測で美しい美談として伝承されたのだと考えられます。物語の悲劇性を学ぶのも子どもの学びになると考えます。

 

小松
小松

日本の文化から言って、悲しい結末で終わるのは少ないようです。悲しい結末の物語もあるんだと認識させたいですね。

【補足】鈴木三重吉とのやりとりを話すのは×

 

 新美南吉が書いた「権狐」は、鈴木三重吉らの編集による『赤い鳥』に載せる前にあたって、鈴木三重吉から指摘を受けています。それは、ごんが、兵十から撃たれた後、ごんはうなずくのですが、元々は、

 

ごんはぐったりなったまま、うれしくなりました。

 

と感情を書いていました。

 

しかし、これを載せずにうなずかせることで、ごんの気持ちを多様にとらえられるようになりました。

 

この元々の内容を、子ども達に話そうとする先生もいらっしゃいますが、それは疑問があります。うれしくなりましたと伝えてしまうとこれまでの学習が無駄になってしまうからです。

 

せっかく子どもたちが考えて想像を膨らましてものを一気にしぼめてしまう危険性が強いです。教えてよいことと教えてはいけないことが教育には有ります。

 

まとめ

 

今回は、ごんぎつねの指導方法でした。

 

・新美南吉は、幼少期に実母を失い、養子を断り寂しい思いをしていた。

・初発の感想から読後感の違和感をもたせる。

読みのめあて「6の場面について・・・」を立てる。

・物語の設定を確認する。

・ごんの心情の変化を場面ごとに追っていく。

・6の場面の情景描写をごんの想いをさぐる。

いくつかのごんの想いを読みとり、ひとつずつ丁寧にたどっていくだけでも、十分よい実践になりますよ。少しでも参考になったら嬉しいです。それでは。

 

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